第80回 From London vol.202026/06/15
赤い制服の革命 ──タトゥー・メイクの自由化から見えた「プロフェッショナリズム」の真実
30年前の東京・恵比寿。ウェスティンホテルの最上階スイートルームで行われた、ヴァージン・アトランティック航空の新入社員・最終選考の日のことを、私は今でも昨日のことのように思い出します。
窓の外に広がる東京のきらめく景色。機内を思わせるような、心地よい緊張感。本社の客室部長や日本支社長との厳しい個人面接で質疑応答、サービストレーナーが面接官に扮しての機内サービスの難題ロールプレイを終えた最後の最後に待っていたのは、前代未聞の「ユニフォーム審査」でした。
なんと本国イギリスからユニフォーム部門の主任がこの日のために訪日しており、受験生一人ひとりに、あの象徴的な「ヴァージンレッド」のメイクを施してくれたのです。
真っ赤なリップが唇にのり、鏡の中に「まだ見ぬ空の上の自分」が現れた瞬間、震えるような高揚感が全身を駆け巡りました。英国人幹部から「How do you feel?」と問われ、私は赤く染まった頬で、溢れ出る想いをそのまま言葉にしました。
"I'm very proud to have come this far and I can't wait to serve the passengers in the sky."
(ここまで来られたことを、心から誇りに思います。早く空の上でお客様にお会いしたくて堪りません)
あの日、私たちにとって、あの「赤い制服」を着て「完璧なメイク」をまとうことは、プロフェッショナルになるための聖なる儀式であり、何にも代えがたい誇りそのものでした。しかし、それから30年が経った今、私たちの愛する「赤い翼」は、航空業界の常識を覆す全く新しい時代へと舵を切ったのです。
30年前の東京・恵比寿。ウェスティンホテルの最上階スイートルームで行われた、ヴァージン・アトランティック航空の新入社員・最終選考の日のことを、私は今でも昨日のことのように思い出します。
窓の外に広がる東京のきらめく景色。機内を思わせるような、心地よい緊張感。本社の客室部長や日本支社長との厳しい個人面接で質疑応答、サービストレーナーが面接官に扮しての機内サービスの難題ロールプレイを終えた最後の最後に待っていたのは、前代未聞の「ユニフォーム審査」でした。
なんと本国イギリスからユニフォーム部門の主任がこの日のために訪日しており、受験生一人ひとりに、あの象徴的な「ヴァージンレッド」のメイクを施してくれたのです。
真っ赤なリップが唇にのり、鏡の中に「まだ見ぬ空の上の自分」が現れた瞬間、震えるような高揚感が全身を駆け巡りました。英国人幹部から「How do you feel?」と問われ、私は赤く染まった頬で、溢れ出る想いをそのまま言葉にしました。
"I'm very proud to have come this far and I can't wait to serve the passengers in the sky."
(ここまで来られたことを、心から誇りに思います。早く空の上でお客様にお会いしたくて堪りません)
あの日、私たちにとって、あの「赤い制服」を着て「完璧なメイク」をまとうことは、プロフェッショナルになるための聖なる儀式であり、何にも代えがたい誇りそのものでした。しかし、それから30年が経った今、私たちの愛する「赤い翼」は、航空業界の常識を覆す全く新しい時代へと舵を切ったのです。
デリーのルームサービス
「あなたらしくいていい」というルールが降ってきた日
近年、ヴァージンは業界に先駆けて、制服のジェンダーフリー化、タトゥーの露出容認、そしてメイクの自由化(ノーメイクでの乗務もOK)を次々と打ち出しました。
「完璧なシニヨン」「統一されたリップの色」「傷やタトゥーは絶対に隠すもの」という、会社が用意した「正解の枠」に自分をはめ込むことが当たり前だったベテランの私にとって、このニュースは正直、大きな衝撃であり戸惑いもありました。「規律や伝統はどうなるのだろう?」と。
しかし、フライトサービスマネージャー(FSM)としてキャビンを統括する私が見た現場のリアルは、予想とは全く異なるものでした。
ルールが変わった最初のフライト。そこには、腕に刻んだ大切な家族の名前やメッセージ、アートの様な美しいタトゥーを隠さずに誇らしげに笑う若手クルーや、自分に最も似合うパンツスタイルを選んで、生き生きとキャビンを動くメンバーの姿がありました。
短いステイの強い味方、ルームサービス。ヴァージンクルー用のお得なメニューも出来て、印、洋、アジアンよりチョイス可。それぞれミートとベジタリアンも選択できます。筆者はミートのオプション。
「自由=だらしない」ではない。自分を表現することの強さ
外見の縛りがなくなったことで、サービスの質が落ちるのではないかという懸念は、完全に杞憂に終わりました。結果はまったくの逆だったのです。
会社にカモフラージュされた自分ではなく、「Bring your whole self to work(ありのままの自分で出社しよう)」というメッセージの通り、「自分自身」として乗客の前に立つことで、クルー一人ひとりの主体性とプロ意識が爆発的に覚醒しました。
「私はこれが好き、これが私」という強い自己肯定感は、型にハマったマニュアルを遥かに超えた、その人にしかできない極上のウェルカム精神を生み出す原動力になりました。乗客からも「あなたのスタイル、とても素敵ね!」と機内でポジティブな会話が生まれ、ヴァージンらしいファンキーで温かい空間は、以前よりもさらに濃くなっています。
形だけのルールを守ることではなく、「安全に対する絶対的な知識と規律」というブレない軸を持ちながら、目の前の人をハッピーにする「人間力」を発揮する。これこそが、これからのダイバーシティ時代における、真のプロフェッショナリズムなのだと彼らに教えられました。
ランディング前、高度が下がる気圧変化に耳抜きがしやすいように、ご搭乗の感謝も込めてスイーツサービスをします。可愛いミニクルーのお手伝いでお客様もほっこり。
空を降りたあなたへ。その職場に、あなたの「カラー」を連れていこう
このヴァージンの赤い制服の革命は、現役クルーだけでなく、今、航空業界を離れて地上という全く別のフィールドで奮闘している元クルー(OG)の皆さんにこそ、受け取ってほしいメッセージです。
異業種に転職したとき、私たちはつい「その業界の普通」や「周りの色」に自分を染めようとして、無意識に小さくなってしまいがちです。「私らしさ」を引っ込め、職場の大人しいマニュアルに従うことが正解だと思い込んでしまう。
でも、思い出してください。あの日、最終選考の部屋で「早くお客様に会いたい!」と胸を熱くした、あの圧倒的なエネルギーを。機内で何千、何万人もの多様な人々と一瞬で信頼関係を築いてきたあなたの「観察力」や「心の引き出し」は、今の職場の退屈なルールを突破する、最大の武器になるはずです。
周りに合わせるために、あなたの尖った部分や、あなたらしさ(心の大切なタトゥー)を隠す必要なんてどこにもありません。
時代は確実に変わっています。働く私たちが「誰かが決めた正解」の枠に収まる生き方から、「個人の人間力」で評価される時代へ。
現役の皆さんも、空を降りて新しい地平線を開拓しているOGの皆さんも、どうか自分の「個性」という名の、世界に一着だけの制服を脱がないでください。
あの日、ウェスティンの最上階で私が頬を赤らめて誓った誇りは、形を変えて今も私の胸に生き続けています。あなたがあなたらしくいること。それこそが、今いるその場所を鮮やかに照らす、世界で唯一無二のプロフェッショナルな光になると信じています。
【次号予告】
"White or black?"
"I'm sweet enough."
"Still or sparkling?"
これらはすべて、機内で毎日のように交わされるイギリス英語です。さて、それぞれどんなシチュエーションで、何のお話をしているかわかりますか?
次回のVol.21からは、新コーナー【ロンドン発・心に効くブリティッシュ・イングリッシュ】がスタートします!30年のロンドン生活とヴァージンのフライトで身につけた、クスッと笑えてどこかエレガントな英国ワンフレーズの数々を、機内のエピソードと共にご紹介していきます。
正解は次号で。どうぞお楽しみに!
賑わうコベントガーデン
次回へ続く
